【エースコンバット】ビンセント・ハーリングという大罪人【ストレンジリアル世界史考】

エースコンバット

 ごきげんよう。十二領です。

 2004年にナムコから発売されたフライトシューティングゲーム『エースコンバット5 ジ・アンサング・ウォー』と、2019年に同じく発売された続編『エースコンバット7 スカイズ・アンノウン』に登場した、ハーリング大統領

 『7』作中では「ハーリングの鏡」という言葉でも出てきましたね。

 「ハーリングの鏡」がどういう意味なのかは各位に『7』本編をご覧いただくとして、そもそもこのビンセント・ハーリングという男は何者なのか

 今回は私なりの私見を書いていきます。

 お察しと思いますが、ゲーム本編のネタバレを多数含みます。ご注意ください。

ハーリングの略歴

 まずはこの男の略歴を見ていきましょう。

 ビンセント・ハーリングオーシア連邦の政治家です。

 2004年にオーシア連邦大統領に就任し、2008年に再選、2012年(3期務めて2016年説あり)に退任しました。(※)

(※『7』公式サイトコラムにて「2013年にハーリング大統領が発した行政命令」の記述があり、『ACES at War』と矛盾する問題がありますが、大統領としての任期自体は大して重要な話ではないのでここでは考慮しません。少なくとも2012年または2016年に退任しており、2018年には大統領ではありませんでした)

 2004年からの第1期では、1995年以降続いていたユークトバニア連邦との融和政策を引き継ぎ、軍事予算の削減とユークとの共同宇宙開発を推進しました。特にバセット国際宇宙基地のマスドライバーと、冷戦期に計画されていた戦略兵器「アークバード」の平和利用が大きな功績として挙がるでしょう。

 2008年(1期目か2期目かは不明。再選続投は確実と思われる)には宇宙空間を飛行する「アークバード」で先進国首脳会議を開催し、そこで小惑星「ユリシーズ」落下によって甚大な被害を受けて戦争に至ったユージア大陸の復興と、未だ軌道上に残る小惑星「ユリシーズ」の欠片を「アークバード」によって除去するという実に平和的な「アークバード宣言」を出しました。

 また、このアークバードサミットではユークトバニアとの段階的核軍縮条約も更新されました。

 2010年にもその平和政策は継続されていましたが、ベルカ戦争での敗戦から地下に潜って各国に影響力を拡大させていたベルカ人残党「灰色の男達」の陰謀でオーシアとユークトバニアの間で環太平洋戦争が勃発。

 ハーリング自身は「灰色の男達」から都合の悪い存在であったことからオーシア軍に入り込んでいた彼らに拉致され、幽閉されました。

 しかし最終的には陰謀を知ったオーシア海軍空母「ケストレル」を中心とした宥和派軍人達によって救出され、この戦争の無意味さを放送していましたが、好戦派に支配されたオーシア政府によって「敵国による謀略放送」として握り潰され、相手にされませんでした。

 この為、ハーリングはオーシア首都オーレッドに直接乗り込み、更にユークトバニアの宥和派勢力と通じてユークのニカノール首相もオーレッドに呼び寄せて、2人で環太平洋戦争の終結とこの戦争を仕組んだ勢力の存在を発信するという荒業で環太平洋戦争を終わらせました

 2011年頃からはユージア大陸に世界初の軌道エレベーター建造するという計画を始めています。

 この軌道エレベーター建造計画は、2005年まで続いた大陸戦争の結果エルジアから独立した都市セラタプラの沖にあるクレーターの上に軌道エレベーターを建て、その軌道エレベーターを使った宇宙太陽光発電によるユージア大陸への電力安定供給と建造・運用におけるユージア人の雇用確保、そしてそこからのユージア大陸の復興事業として計画されたもので、エレベーター自体は2019年頃にほぼ完成しました。

 しかしこの軌道エレベーターについてユージア大陸諸国、特に元々反オーシア感情の根強かったと見られるエルジアは「オーシアによるユージア大陸からの搾取」と感じており、2019年、エルジアとオーシアの間で第二次大陸戦争が勃発。

 丁度軌道エレベーターを視察していたハーリングは、エルジア軍に占拠された軌道エレベーターに取り残され、オーシア軍による救出作戦の最中にオーシア軍の誤射(後にエルジア側の特殊部隊がオーシア軍に擦り付けていたことが判明)によって命を落としました

 軍内部の強硬派等、一部からは嫌われていたようですが、2010年の環太平洋戦争時にも、2019年の第二次大陸戦争時にもハーリングのことを「尊敬している」という主旨のことを明言している人物が登場しており、また2004年と2008年の選挙でそれぞれ4千万以上の票を得て当選していることから、一般的なオーシア人からは概ね人気が高かったようです。

 また、私生活では家族愛が強いとされており、恐らく家庭では良き夫・良き父親であったとも考えられます(具体的な家族の描写がない為、詳細は不明)。

ハーリングの功罪

 さて、略歴を見るだけでもお分かりかと思いますが、このビンセント・ハーリングという男、汚点らしい汚点がありません

 高潔な精神と崇高な理想・理念を持ち合わせ、そしてそれを実行する行動力と能力もある、完璧超人です。

 人の善性を信じ、実際にそのように行動し、そうして人々からの信頼を勝ち取る天才。

 所謂「天才型の理想主義者」と言っても良いでしょう。

 しかし、そんな彼にも欠点があります。

 それは「人の善性を信じている」という点です。

 裏を返せば人の悪意に疎く、そして一般的な人間が持ち合わせる悪意を理解しづらく、いざという時にそれを想像出来ないということでもあります。

 これは為政者として致命的ともいえる欠点であり、そうした為政者は大抵の場合、どこかで足元を掬われて破滅するかその性善説を曲げるかするのですが、彼はそれを貫き通してオーシア大統領にまで上り詰めるだけの実力を持ち合わせてしまっていました

 人が持つ悪意と全く無縁の人生など送れるものではありません。政治家ともなれば猶更です。

 無論、彼にも数々の悪意が立ち塞がってきた筈です。

 ユークトバニアが突如として宣戦布告してきて戦争が始まってしまい、ベルカ人に誘拐されたこともありました。

 しかし、彼はそれらを自身のカリスマ性と善性によって打ち破ってきたのでしょう。

 そう、打ち破ることが出来てしまった

 環太平洋戦争が勃発してもユークニカノール首相を信じており、中立国へ飛んで首脳会談を行おうとしましたし、ベルカ人による幽閉から解放された後も自ら首都オーレッドに乗り込んで戦争を終わらせました

 この成功体験は彼の性善説を強化し、また彼のカリスマ性を更に高めていったと言えます。

 これは彼のであり、危険性です。

「天才型の理想主義者」の危険性

 先述したように、ハーリングは「天才型の理想主義者」です。

 崇高な理想を持ち、その理想を実現する為の実力を備えたスーパーヒーローなのです。

 そして、このタイプの政治家は本来民主主義国家の指導者には向きません

 何故なら民主主義国家における政治の主役は一人一人の国民であり、彼らの大半は凡人だからです。

 政治の主役が凡人である以上、その代表者も凡人でなければなりません

 多くの凡人を出来るだけ秀才に育て上げ、甘言を弄する詐欺師を自らの指導者としない判断力を養い、より多くが納得出来る形で市民生活を向上させるのが民主主義の理念なのです。

 そういう意味では、本来天才民主主義国家の政治指導者になるべきではありません

 何でも解決してくれる天才的スーパーヒーローは、本来政治参加の義務と権利に対して責任感を持つべき市民を、無責任な大衆へと変えかねない危険性を秘めているからです。

 無責任な大衆で占められた民主主義は大衆迎合主義・衆愚政治となり、次の世代で愚かな指導者を生み出す原因ともなるのです。

 これが専制主義国家ならば問題ありません。

 市民が選んだわけではない指導者による独裁は、裏を返せば市民に責任を負う必要性がないということです。市民は指導者に従うだけで良いのですから、無責任な愚者であることを許されているのです。

 有能な独裁者に支配される専制主義国家の国民は、例え政治参加の権利がなくても、衆愚政治化した民主主義国家の国民より幸せでしょう。

 始末の悪いことに、ハーリング大衆から人気を得やすいカリスマ性を持った上で、当人は崇高な理念に燃える理想主義者なのです。

 悪意ではなく善意を以て、善なる理想の世界を作り上げる天才型という資質は、間違いなく専制主義国家の独裁者に向いたものであり、民主主義国家においては「非常に甘美な毒薬」といえるでしょう。

ハーリングが犯した大罪

 ハーリングが悪意に疎い天才であったならば、彼の下で働いたオーシアの高官達や彼の後を継いだ大統領、彼の前任者達はどうなのでしょうか?

 その大半は秀才だった筈です。

 つまり努力した凡人であり、悪意に悪意で対抗してきた人間です。

 オーシアベルカ戦争ではベルカと友好的だったユークトバニアを連合国に引き込む等して戦争に勝利しましたし、ユージア大陸紛争の件では南部諸国とだけ条約を結ぶことによってユージア同盟を瓦解させ、オーシア・ユークの二強状態を維持する芸当も見せました。

 また、(ゲームで描かれた具体的な作戦は兎も角として)環太平洋戦争でも通常戦力で勝るユークに先制攻撃されたにも関わらず逆に攻勢をかけてユーク首都に迫る等、戦争を優位に進めていました。

 これらはどちらかというと秀才の発想であり、現実主義的な手段によるものと考えられます。

 一方、ハーリングが成したことといえば、ユークとの共同事業としての宇宙開発、その為のマスドライバー建造

 アークバードを会場として、宇宙空間で先進国首脳会議を開催

 誘拐されるも救出され、オーレッドに交戦相手国首相と共に乗り込んで戦争を終結させる

 やること成すこと滅茶苦茶です。

 これらは彼が天才だから発想し、実行したもので、オーシア高官達は大いに振り回されたことでしょう

 そして、極め付けがユージア大陸での軌道エレベータ建造でした。

 資本はオーシアから出し恩恵はユージア大陸に還元することでユージア大陸を復興させる、という彼の思惑で始まったこの事業ですが、ユージア諸国からはオーシアによる搾取であると捉えられていました

 こんな大事業を自国の資本を出しまくって他の大陸でやるなんて正気の沙汰ではないですし、それが純然たる善意によるものなどと誰が信じるのでしょう?

 それを口実に影響力を高めることで自国の発展に寄与させる気だろうと考えるのが普通です。

 それが凡人の発想であり、秀才な凡人の集まりたるオーシア首脳部彼らの思う「ハーリング元大統領の真意」に従ってユージア大陸への影響力を強めていきましたし、これまた秀才な凡人の集まりたるユージア諸国はそれを見て自分達の抱く搾取構造の想像への確信を深めていったのです。

 そしてそれらが爆発したのが第二次大陸戦争(灯台戦争)でした。

 天才型の理想主義者である彼は「自分が出来るのだから皆も出来る」と凡人の理想と実行力に過度な期待をかけてしまったのでしょう。

 凡人では発想出来ないこと、発想しても実行出来ないことを、実際に発想して実行してきてしまった彼には、「理想は所詮理想として諦める」という凡人の目線が欠けていたのです。

 結果としてハーリングは命を落とし、衛星軌道は大量のスペースデブリに閉ざされユージア大陸は再び混沌の地へと逆戻りしました。

 軌道エレベータは避難所という形で難民達に占拠されており、アーセナルバードも失われたので未だ紛争の火種になるリスクは抱えています。

 どうとでも言える結果論ですが、彼の天才的理想主義と実行力が招いたものだといっても過言ではありません

まとめ

 歴史的に見れば、ビンセント・ハーリングは悲劇のヒーローなのでしょう。

 数々の功績を打ち立て、その中でエルジアとの戦争の犠牲者となった。

 ですが、彼個人の資質に着目してみれば、彼はそもそもオーシア連邦という民主主義国家にとっては「非常に甘美な毒薬」だったのです。

 これが例えばユリシーズ落下によって内戦に荒れたエストバキアや、経済難の末に独裁化したベルカ連邦であれば、彼は理想的な指導者となれていたのかもしれません。

 よしんばそこで同じように軌道エレベータのような世界規模の大事業を夢想しても、それを実行する国力がないことも明らかだからです。

 民主主義の超大国オーシアに彼が産まれてしまったことが、結果として彼の死と、デブリで閉ざされた空を招いてしまったといえるでしょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それではごきげんよう。

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